あのこにミルク

みじかいもの

「シロ」

佐和が笑っていた。ぼろぼろに疲れているくせに笑っていた。どうしたってひとりなんだよどうしようとにこにこ笑いながら、笑う、笑う、笑う。かわいいなあ、大事だなと思うのに、思うせいで、心を真似して身体までもが佐和をかわいいなあと、思ってしまう。「抱きしめたいしキスしたいしその服越しにしか触れたことのない胸だとかその先だとか首もうなじも太ももも本当はそれよりも奥も、触りたい、撫でたい、舐めたい、噛みつきたいし入りたい」どうして、自分は男なのだろう。
目の前で、ぼろぼろの佐和が笑う。笑って俺の名前を呼ぶ。カーテンの隙間から覗く暗闇が夜を知らせる。向かい合う佐和と、俺の間に覗くその暗闇が境界線みたいにして夜を塗っている。佐和が好きだ。佐和が好きだ。佐和も俺を好きだ。きっと誰よりも。うまくいかない。上手に毎日歩けない。上手に真っ直ぐ歩けない。

震えながら息を吐く。それに気が付いた佐和が、また笑う。ごめんなさい、と小さく呟く。どうすればいいのかお互いわからない。こんな佐和をひとりにはしておけないのに身体はいうことをきかない。いいよ、ごめんな、と、俺も笑う。手を伸ばす。佐和の肩がひくりと震える。髪を撫でる。ミルクいれてやるから、あったかいの。風呂入ってくるから、飲んでろ。それだけを伝える。それだけなのに涙が出そうになった。佐和は、少し泣いていた。

うん、ありがと。大好きシロ。
そんなこと知ってる。そんなことは知ってるよ。

「ごめんね」
「いいよ、ごめんな」

いつになったら、謝らない日がやってくるのだろう。ミルクをあたためる。深呼吸をする。佐和は後ろで体育座りをして待っている。もう少し待っててくれな。そう言って笑いかけると、うん、待つ。と素直な返事。かわいいなあ。かわいい。かわいいのに。どうすればいいんだろう。どうすれば、ああ、せめて、抱きしめたいのに。俺にいまできることは佐和にミルクを作ってやることくらい。あとは、風呂場で自分を慰めてやることくらい。
どうすれば、どうすれば。

ミルクはすぐに温まった。
佐和はずっと笑っていた。

(シロがいれてくれた砂糖入りのミルクをのみながらシロを待つ。シロと同じ名字になってから三ヶ月が経とうとしている。優しくてお人好しでかわいそうなシロは、ばかでずるくて自分勝手な私を大切に大切に守ろうとする。ばかでずるくて自分勝手な私。怖がりなわたし。シロに触れたくて触れてほしくてそばにいたくてたまらないのに、自分の肌に影がかかる途端身体がすくむ。息が止まる。ああ人の影なのだ、これは男の人の影なのだと、眩暈がして倒れそうになる。

どうやってこの世界に生まれたら、私はシロと、正しく、願う形で、触れ合えたのだろう。でも、こうやって生きてこないと、私はシロに出会えなかった。

シロは、離れたベッド越しでも、必ず私の方を向いて眠る。おやすみ。おやすみなさい、と、囁き合う。シロが好きだなあ。このあたたかいミルクの一億倍シロが好き。それなのに身体や心はいうことをきかない。ああいま私どんな顔してるだろう。怖い顔をしていないかな。ばかでずるくて自分勝手な顔をしていないかな。人殺しの顔になっていないかな。

足の先がツンと冷たくなる錯覚)

「佐和、俺にもひとくち」

お風呂からあがったシロが、私のカップを奪った。

(2011.03.25)

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